病院概要・沿革

  

病院概要

名称 国民健康保険 坂下病院
所在地 〒509-9293 岐阜県中津川市坂下722-1
連絡先 (TEL) 0573-75-3118  (FAX) 0573-75-2590
開設者 中津川市長 青山節児
院長 酒井雄三
建物構造 鉄筋コンクリート造 基礎免震構造 地上4階 塔屋2階
病床数 100床
診療科目 内科・小児科・外科・整形外科・泌尿器科・婦人科・眼科・耳鼻咽喉科・皮膚科・脳神経外科

沿革

  • 1948年(昭和23年) 国民健康保険坂下病院が開設される。
  • 2001年(平成13年) 現在地に移転し、病床数199床となる(跡地は現・中津川市坂下総合事務所)
  • 2005年(平成17年) 合併により運営主体が坂下町から中津川市に移る。
  • 2006年(平成18年) ISO 9001を取得する。


 

曽我五郎十郎翁

sogagoroujyuurou.jpg曽我五郎十郎翁は、今から180 年ほど前の天保2 年に信州で生まれ、20歳のころ坂下村の大地主であり造り酒屋であった「井織屋」のむこ養子となりました。
明治4 年の廃藩置県の折、旧苗木藩は広大な山林を有志に解放することになりました。当時、戸長(行政事務官)であった翁は「山林は村民の生活の糧であり、この山を他村の人の手に渡しては将来必ず悔いを残すことになる」と東奔西走し、高峰山365 町歩を当時としては大金の65 両で払い下げを受けました。
翁は、この山を村有とすることを強調しましたが、金額が大きく、また、山にそれほど関心を持っていなかった当時の村としては、この話を受け入れることができず、翁は私財を投じ、個人でこの山を管理しました。
8 年後、ようやく村当局は翁の先見の明に気付き、翁は「個人のものは何時か無くなるときがくる。村有とするのが一番良い」として、山を村有林として移管することになり、現在の林業振興の基礎が築かれたのです。
その後村有林は、戦後の財政難、大水害からの復旧をはじめ、教育施設や簡易水道、病院(現在の国保坂下病院)の建設などに有力財源として活用され、その恩恵は計りしれないものがあります。

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